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2006/07/03 vol.57


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  MilkBox 〜保育士ママの子育て相談室〜

                   2006年7月3日 vol.57

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いよいよ7月ですねっ〜!!!
本格的な夏到来って感じです。

去年は、海やプールに結局行けなかったので、
今年は、ぜひ家族で行きたいなぁ〜って思います。


暑い日が続くとは思いますが、夏バテしないように、
しっかり食べて、元気に過ごせるといいですねっ(o^-^o)


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もくじ

1.小さなことから...


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□□□ 小さなことから... □□□


昔、テレビで、「アメリカの地下鉄での犯罪が減った理由」
というのをやっていました。

警察が大規模な、犯罪の取り締まりをやったわけではありません。
見張りをつけたとか、監視カメラをつけたとか
そういうことではないんです。


何をやったかといったら、それまでかなりひどかった
地下鉄内のいたずら書きを消して、きれいにしたんです。

たったそれだけのことで、かなり犯罪が減ったそうです。


なぜ?と思うかもしれませんが、不思議なことではないんです。


例えば、ゴミが一個も落ちていないようなきれいな場所では、
ポイ捨てがほとんどないのに、

ゴミが散らかっているような場所は、どんどんゴミが増えていく
のと、同じことかなと思います。


「アメリカの地下鉄」の例は、小さな犯罪をとりしまることで、
大きな犯罪を防げたのです。
誰かが小さな犯罪(落書き)をしていれば、
自分もやってもいいや...というところから、大きな犯罪へ
つながるのだそうです。

ゴミの例は、誰かが捨ててれば、自分もいいやと、
いけないことと分かっていても、やってしまう。

「いけないこと」というのは、
どんどん悪循環に広まっていってしまうのでしょうね。


人間の心理ってほんとに不思議ですね。


今、少年犯罪なども、多いですよね。

そんな少年犯罪の防止にも、まず「言葉遣いを直す」と
グンと犯罪が減る、という話も聞いたことがあります。

「大」を直したければ「小」から取り組むといいのでしょうね。


幼児期の子どもの場合ですが、

たとえば、「片付け」を学ばせたいのに、
普段から、部屋が散らかっていれば、それが普通なので、
覚えられなくて当然だと思います。

子どものいる家庭で、いつもキレイに、というのは
難しいし、そこまで、完璧にする必要もないと思いますが、
一日の中で、一緒に片付けをして、
一日に一度以上は、キレイな部屋になって、
気持ちいいね、と一緒に思えるといいのかなと思います。
(もちろん、片付けてばかりでは、遊びは楽しめないので、
要はメリハリが大事だと思います)

一日に一度でも、一緒に片付けてきれいにすることは、
「片付けなさい!」と無理やり片付けさせるよりも
ずっと、効果的だと思います。

「キレイな部屋が気持ちいいこと」を小さな頃からの
積み重ねで、ちゃんと知っていたら、子どもの成長とともに、
自分できちんと片付けられるようになると思いますしね。


いつも親が片付けをしなければ
当然、子どもも「自分もちらかしていいや」
となるのも当然ですよね。

それこそ、上記の地下鉄やゴミと一緒で、
誰かがやってれば、自分もいいや!っていうのと
同じだと思います。


子どもの言葉遣いや、乱暴なふるまいなどを
直したい時は、大人がまずは見本だと思います。

子どもを直すのではなく、まず、自分からです。


子どもは、発達の過程として、言葉遣いが乱暴になったり、
叩いたり、噛んだりなどの時期があります。
それは、発達の過程なので、ある程度仕方のないことです。

もちろん、いけないことを叱る必要もあります。
だけど、その前にまずは、自分を見直すことも
必要だと思います。


例えば「叩いてはいけない」ということを教えるのに、
親が叩いて叱ったら、どうでしょうか?

「乱暴な言葉をいけない」と叱るのに、
子どもの人格を否定するような言葉で叱ったら
どうでしょうか?

すごく矛盾していると思うんです。

親がやっていたら、それこそ、
「自分もやっていいや」
と思うのではないでしょうか?

中には、親が叩いて、叩かれたら痛いことを知らせる、
という考えの方もいるとは思いますが、
「叩かれたら痛いこと」というのは、
子どもの世界だけでも、十分経験できることだと思います。

子どもの世界の中で「叩いたり、叩かれたり」は、
十分経験した方がいいぐらいだと思っています。
そういう子ども同士のやりとりは、とても大事だと思います。

その中で、自然に「叩かれたら痛いこと」は
ちゃんと学べます。

子どもの世界の中でそういう経験をたくさんしていれば、
例えば、お友達を叩いてしまっていけないことを
叱る時、「自分が叩かれたら、どんな気持ちになる?」
と、本人に考えさせれば十分だと思うのです。
子供同士の中でそういう経験をしていれば、
ちゃんと子どもだってわかります。

見本となるべき大人が、「叩く」必要はないと思うのです。

それに、叩いて教えて、一時期やらなくなったとしても、
それは、叩かれるのが怖いからやらないだけであって、
本当の意味で、なぜいけないかを理解していなければ、
親が見ていないところでまた同じことを繰り返しますしね。


言葉についても同じです。


例えいけないことでも、誰かがやっていたら、自分もやってもいいや
と思ってしまう人間の心理。

子どもにとっては、一番の見本となる親がやっていれば
たとえ、いけないことでも、やってしまうのは、
当然のことなのではないでしょうか?


もちろん、親がやっていなくても、そういうことをすることもあります。
発達的なものや、お友達の影響、いろいろあるとは思いますが、
見本となる親がしっかり「いい見本」を見せていれば、
いずれ成長とともに、改善されると思うのです。

もちろん、子どもは、学んでいる最中なのですから、
いけないことは、いけないと教えてあげる必要もあると
思いますけどね。


「小さなこと」と思えることが、「実はとても大きなこと」、
ということが、子育ての中にもたくさんあるのかもしれないですね。

家を修理する時にも、修理したい部分だけ直しても、
基礎がしっかりしていなければ、
結局はまた修理が必要になりますしね。


まずは、小さなことから見直しすることも、
大事なことなのかもしれないですね。

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